成果をあげる、効率の良いISO認証取得活動に必要なもの
成果をあげる、効率の良いISO認証取得活動に必要なものについて述べるために、
私の体験談として事務局の苦労話から入りたい。
この種の苦労の多くは、大なり小なり全ての事務局が体験するものだと思う。
今からISO取得を目指す企業担当者の方の参考になれば幸いである。
具体的に内容を理解していただくために、まず私が何者かということから話しておきたい。
2001年3月に自動車メーカーのマツダから2000人以上が早期退職したが、
私はその中のひとりである。別にマツダが嫌いになったとか、会社の将来に不安を持って
辞めたわけではない。1990年頃からやりたいことがあって退職の準備を少しずつ進めていて、早期退職のプログラムと自分自身の退職のタイミングが合っただけの話である。
退職してコンサルタントになった今でもマツダ社員とは仲良くやっている。
さて、苦労話に入ろう。ISO9000シリーズは1987年3月に発行され、
1994年7月に最初の改訂、2000年12月に再度の改訂が行われ現在に至っている。
マツダは1994年秋(登録は11月)に設計開発を除く全社13本部22000人規模で
ISO9002:1994を認証登録した。
その1年ちょっと前の1993年7月頃に品質保証部から「ISOを取りたい」という説明があった。
理由は96年から欧州に輸出する新型車の認証にISO9001もしくは
ISO9002が必要になるというものであった(後日、一番の目的は全社の業務の品質レベルを上げるためと案内、二番が輸出のため、三番が会社のイメージアップである)。
当時私は海外営業本部の海外サービス部に所属しており、
直感的にこれは面白そうだと手を挙げ、海外営業本部の事務局の推進メンバーとなった。余談だがこの時、品質の最重要部門である設計開発を外して9002を選んだのは、
バブルがはじけて不景気となり、設計を通してのコストダウンが経営上最優先課題
だったからである(翌年設計開発も含めて9001に格上げ登録)。
当時93年、94年頃は、本屋に行ってもISO(JIS)の規格が1、2冊置いてあれば良い
くらいで、今のように解説本、文書の作成例などは皆無という状態。
そんな中、全社事務局である品質保証部をはじめ、各本部の事務局はよく頑張ったと思う。しかし事務局の悩みは多かった。スケジュールが決まっている中で、予想していないことが問題として次々と出てきたのだ。
景気が悪い中、少しでも利益を生み出そうと全従業員が忙しい真っ只中で、
いきなり訳の わからないISO規格を持ち出して、「ルールを決めよう」、「手順を作ろう」、
「記録を残せ」と言って回るのである。反発は必至である。
それに「欧州への輸出で困るのであれば欧州担当だけがやればいいじゃないか、
みんなが暇だと思っているのではないか」という類いの反発も多かった。
だから、上記のように、業務の品質を上げることをISO導入の第一の目的として案内することにした訳である。
活動の現実は悪いことに、部門間、プロセス間の業務の流れを決めるのは
進捗の遅い部門に足を引っ張られ、スケジュールがズルズルと遅れていった。
それでなくとも組織が大きいと、とかく色々と問題が出てくるものだ。
例えば、各部門で作っている手順でも、規定、規程、要領、要領書、手順、手順書、
作業標準、作業手順、云々。どのランクのものをどう呼ぶか統一しようと決めるだけでも
随分もめた。
あるいは本部単位で、「○○規程で当本部からおたくの部門にアウトプットとして××という帳票が行くことになっているが業務に反映されているか」といった確認を全社事務局の旗振りで何度となく行なった。こういったことは双方の手順が明確にならないと手順の記載レベルが合わないものだ。
教育にしてもしかり。海外営業本部は国内在籍の本部員が400人程度だったが、
ISOの教育では、同じ内容を10数回に分けて全員に行なった。
担当の役員にも休日にのべ2日間の教育を行なった。
深夜までの残業や休日出勤もとてつもなくあった。
しかも、審査直前の夏は経費削減のため冷房のないところで汗をかきかき、
会社のパソコンで文書を作成するのである。審査に向けて不安と焦りとで本当に
大変だった。(でもこの経験が「この辺りで現場からこんな不満が出るからこの具体的な先手を打ちなさい」といったアドバイスに結びついている。)
人間はすごいもので、倒れる前にしっかりと知恵(悪知恵?)がつく。
上手く落とし所を作っていく。この辺りは実際にマネジメントシステムを作った方は
ご経験されているのではないだろうか?
マツダは上述のごとく無事94年11月に9002の認証登録をした。
私はこの後95年、96年と米国ミシガン州のAuto Alliance International Inc.
(旧マツダ米国工場)がフォードの一工場として同じくISO9002を構築する際の
推進メンバーとなった(96年秋認証登録)。
この間フォードのケンタッキー工場の審査に同席させてもらったり(オームが地下鉄でサリンをまいた事件をケンタッキーのルイビルで聞いた、そんな時期である)、オンタリオ工場のシステムを見せてもらったりと欧米流のシステムを学ぶこともできた。
マツダの和風システムとは大違いで、こういうシステムもあるのかと
カルチャーショックを受けた。ただ活動のキックオフをしてもなかなかマネージャークラス(米人)が動かないのは
アメリカでも同じようで、事務局の苦労は同じである。ところがある日を境にして変わった。
ある月曜日朝から急にマネージャー達がやって来てISOについて質問をしだしたのだ。
話によると先週末工場長(米人)が幹部を集めて「ISOを進めない者にはボーナスなし、
場合によっては降格もある」と言ったらしい。
アメリカらしい対応だが、事務局は大変助かった。
このことは、どこの国、どんな会社でも、経営トップがどれだけ真面目にISOを
考えるかで事務局の苦労が決まるという例になるだろうか。
コンサルタントになってからも、9001、14001、プライバシー・マークなど50社以上
(小さいところは従業員5名程度、大きいところは千名弱)のシステムとその運営状況を
見てみた。その経験から言えることは「ISOを決してバカにしてはいけない」ということだ。
サービス業の14001:2004年版の認証を取る活動中に従業員の意識が変り、
日々自分たちにできることは何かと自主的に考えるようになり行動し始め、
それだけで売上が対前年10%増になった会社もあるし(2005年3月3日登録、2004年版は全国で5番目程度の取得、活動事例として月刊「ISOマネジメント」(8月号)に掲載予定 )、9001の認証取得活動中に顧客に対する従業員の意識が変り組合がなくなった例もある。
ISOを台座と位置づけ、その上にどんな仏を座らせ、どんな魂を入れるか?
この辺りシステム構築・運用の苦労も含め、皆さんと一緒にシステムを作っていくのが
コンサルタントの使命だと思っている。成果をあげる、効率の良いISO認証取得活動に
必要なものは経営トップの思いの強さであり、これにより成果が変るし、
活動の効率も事務局の苦労も大きく変るのである。
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